重松清「定年ゴジラ」|すがりつくだけの夢なら、踏みつぶせばいい

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本作は、東京郊外の古びたニュータウンに住んでいる定年仲間たちの交流を描いた作品です。

ニュータウンでは、定年退職したばかりの企業戦士たちには今一つ身の置き場が見つかりませんでした。

主人公もその一人でしたが、同じニュータウンの散歩仲間ができたことで、それぞれの居場所を見つけ出していくのです。

そしてその姿から、マウンティングシニアにならないための心の持ち方が分かってきます。


定年ゴジラ (講談社文庫)
目次

マウンティングシニアに要注意

コンビニや居酒屋の店員に偉そうに接したり、やたらと説教ぽくなったり。

現役時代に人を指導する立場にあった人が、定年後もついつい同じようなことをしてしまう。

このような「マウンティングシニア」は決して少なくなりません。

このような人は、だんだんと周りから遠ざけられていきます。

経済コラムニストの大江英樹さんは、シニアがマウンティングしがちになる理由として、「寂しさ」を挙げています。

現役時代に高い地位にあった人ほど立場が上であることが自然になっているため、定年後に一人の個人になると、会社での地位を無くした寂しさから自分の優位をアピールしたくなるというのです。

(2019/8/22 NIKKEISTYLE 定年後は要注意 嫌われる「マウンティングシニア」)

定年を迎えたサラリーマンは、多くが管理職を経験しています。

特に、部長・支店長といった管理職は、その職場では最上位の序列です。

役員になればもっと上になります。

そのような役職には大きな権限があり、通常は自分の言ったとおりに部下が動いてくれます。

いつの間にか、それが自分にとっての当たり前になるのです。

ところが、定年を迎えたらそのような部下はいなくなります。

一気にハシゴを外されるのです。

いままでチヤホヤしてくれた人は周りからいなくなります。

一人の個人として生きていかなければならないのです。

だから、寂しさを感じて、店員に偉そうな態度を取ったりして、自分の優位をアピールしようとするのです。

定年後はゴジラになろう

本作の舞台は、私鉄の沿線開発として造成された、くぬぎ台という東京郊外のニュータウンです。

おそらく八王子市のめじろ台がモデルになっていると思われます。

主人公は、大手都銀の丸の内銀行を定年退職した元サラリーマンです。

当初は何もやることがなく、ニュータウン内を散歩するのが日課だったのですが、やがて自分と同じ境遇にある定年仲間が見つかります。

大手運送会社の支店長や大手広告代理店の営業部長、大手私鉄会社の沿線開発課長、みな現役時代はバリバリのサラリーマンだった人たちです。

そして、この4人の定年仲間たちは、お互い一人の個人として接することで、それぞれの新しい生き方を見つけていくのです。

こうすれば、マウンティングシニアにならなくても済むでしょう。

地域の活動に積極的に参加するといったように、現役時代の肩書にこだわるのではなく、個人対個人の関係で人と向き合うことで、定年後も充実した人生を送ることが出来るのではないでしょうか。

本作にはそのことを象徴するシーンがあります。

分譲時のくぬぎ台の模型を、定年仲間全員で壊すというシーンです。

くぬぎ台を開発したのは、定年仲間の一人が勤めていた大手私鉄会社です。

そこでは、分譲のプロジェクトが終了すると、その模型を壊すという伝統があります。

その定年仲間は、模型を壊す理由を「模型は理想だから、です」と説明します。

定年仲間たちは、くぬぎ台に家を構え、そこを拠点にして家族を養ってきました。

くぬぎ台の模型は、そんな彼らが築き上げてきたもの、夢と理想の象徴だったのです。

その模型を、定年仲間たちは酔った勢いでゴジラを真似て次々と踏みつぶしていきます。

主人公も模型を踏み潰しながら心の中でこうつぶやきます。

「俺たちは定年ゴジラだ。ひたすら何かを築き上げてきた俺たちが、いま初めて、それを壊している。」

(重松清 定年ゴジラ)

サラリーマンが現役時代に築き上げてきた夢と理想は偉大なものです。

でも、それにすがりつくことで自分を見失なってしまうのなら、定年ゴジラになって踏みつぶしてしまえばいいのです。

そうすれば、マウンティングシニアにならずに、定年後の新たな生き方を見つけることが出来るのではないでしょうか。

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