吉村昭「光る壁画」|イノベーションを生み出す「個」の力

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代表的な現代病である、胃潰瘍や胃がん。

それらの診断に欠かせないのが、胃カメラです。

胃カメラは、今日に至る医学の進歩に大きな貢献を果たしています。

その胃カメラが生まれたのは、戦後間もない日本です。

胃カメラ誕生の原動力となったのは、2人の技術者と1人の医師の情熱でした。

本作は、それらの実話をベースに、胃カメラ開発に携わった人々の夢とロマンを描いた作品です。

本作を読むことで、イノベーションを生み出した「個」の力が分かってくるのです。


光る壁画 (新潮文庫)
目次

イノベーションを生み出す「個」の力

努力を支えた「個」の力

成人の咽喉の広さは、平均14ミリ程度。

そこを通り抜けられるゴム管の太さは、わずか12ミリです。

その中に、レンズ、電球、フィルムを内蔵して撮影することを可能にしたのが「胃カメラ」です。

それまでは、世界のどこの国を見渡してもそのようなカメラはありませんでした。

胃カメラの開発は、戦後日本が育んだ優れたイノベーションだったのです。

本作で、技術者の曽根は、胃カメラの開発に成功し世間に認知された後に、こう振り返ります。

「失敗に失敗をかさね、夜おそくまで設計図を引き、工作をしていた頃のことが思い起こされ、侘しい東大分院の実験室で、犬の口に管をさしこんでいた宇治の姿もよみがえった。」

吉村昭「光る壁画」

それは、地道な作業を黙々と繰り返してきた自分たちの姿でした。

本作では、この地道な努力の場面が繰り返し描かれています。

ゴム管の構造はどうすればよいのか、ゴム管に収まるフィルムはどうやって作るのか、フィルムを引っ張る糸の材質は何が適しているのか、胃壁を照らす電球にはどこまでの性能を求めるのか、確実に胃壁を撮影するための工夫は・・・、

何度も失敗を繰り返しながら、より適した方法を見つけ出していくのです。

それは決して偶然の産物ではなく、一つ一つの積み重ねによるものです。

このような地道な努力を支えたものは、「個」の力です。

技術者として、自分がやりたいことを追求した結果なのです。

「仕事人」たちの夢

作中で、外科医の宇治は、なぜ胃の中を撮影できるカメラがほしいのかと問われ、「胃の中を覗いて写真にとりたいという素朴な願いからです。」と答えます。

胃内撮影は、医師としての一つの夢なのです。

宇治と語り合い、その情熱を感じた技術者の杉浦は、「先生の激しい情熱には頭が下がるよ。技術者として立ち上がらぬわけにはいかないじゃないか」と言っています。

杉浦もまた、技術者としての情熱をもって、胃カメラ開発のプロジェクトに取り組んでいたのです。

彼らの持っていた情熱は、「個」の力が生み出したものなのです。

もちろんこれは、自己の利己心だけを押し通す利己主義ではありません。

健全な利己心を発揮し、他者との共存を図っていく、本来の個人主義なのです。

胃カメラを生み出した人々は組織人だったのですが、会社組織に一体化しその中に生きがいを見出す会社人間ではなく、自分の仕事に対して一体化し、仕事を通して自分の目的を達成しようとする「仕事人」だったのでしょう。

「仕事人」は、創造的・専門的な仕事に携わる研究職や技術職、デザイナーのように、組織内の評価よりも社会的に認められることを重視します。

結果として、そのことが組織の利益にも繋がっていくのです。

胃カメラというイノベーションを生み出したのは、「仕事人」たちの「個」の力だったのです。

ホンダの個人尊重

ホンダの「平等」理念

世界的な自動車メーカーのホンダは、基本理念として「人間尊重」を掲げています。

そして、その理念の一つが「平等」です。

平等とは、お互いの個人の違いを認め合い尊重することです。

また、意欲のある人には個人の属性(国籍、性別、学歴など)にかかわらりなく、等しく機会が与えられることでもあります。 

(HONDAホームページ HONDAフィロソフィーより)

ホンダは、個人の尊重が会社の発展には欠かせないとしているんですね。

個人尊重の経営

ホンダ創業者の本田宗一郎さんは、1952年の段階でこう言っています。

「皆が働きにくるのは、自分の生活を楽しみたいためで、会社のために働く人間は恐らくいないと思う。会社に働きにくるなら自分自身のために働きにこいといつもいっている。そういう人達が会社の発展を図ってくれるのであって、会社のためとか国の何々という愛国心はもう結構である。」

(三戸公 公と私)

また、本田さんは、「個性を要求する」と題して次のようにも言っています。

「過去の経験にとらわれていたのでは、よい発明・創意・工夫はできるものではない。もちろん過去を無視せよというのではない。過去は過去として正しく見、しかも過去にとらわれず、過去になじまぬ自由な見方、自由な感じ方をする人にのみ優れた発明・創意・工夫がされる。」

(三戸公 公と私)

模倣ではなく、優れた創意を生み出し、それが結果として会社の発展にもつながる。

そのためには、個人を尊重し、個性の発揮を促すのが重要だということなのです。

このようにして、ホンダは数々のイノベーションを生み出してきたのでしょう。

まとめ:今こそ「個」の力を

現代は、工業化社会から脱工業化社会へと移り、グローバル化や規制緩和も相まって、企業間の競争は激しさを増しています。

新興国と日本の格差も急速に縮まっています。

急速なIT化により、単純な仕事、定型的な仕事は著しく減少し、人間には創造的・革新的な仕事が求められるようになっています。

そこでは、機械やITでは作れないものをいかに創造するかという能力が重要になります。

ソフトの研究開発やビジネスモデルの構築のように、創造性の優劣が会社の利益を大きく左右するようになってきています。

創造性は、個人の能力と努力が産み出すものです。

個人の持つ能力や努力を最大限に引き出すためには、個人の自発的なモチベーションを引き出すことが不可欠です。

そのために必要なのが、個人尊重の考え方なのです。

そのことは企業の成功にも繋がってくるでしょう。

胃カメラというイノベーションを生み出したのは「個」の力です。

現代においても、イノベーションはますます重要性になっています。

「個」の力を最大限に引き出すためにも、より一層、個人尊重の経営が求められてくるのではないでしょうか。

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